言わずと知れた、サン・テグジュペリの『星の王子さま』の名言です。
思春期真っただ中の子どものの言動に振り回されがちな時期こそ、
本人がどんな気持ちなのか、本人は何を伝えたいのか、それを自分がどう受け取るのかを感じること、
過去にどれだけ頑張ってきたか、今までどれだけ成長してきたか、どれだけの日々を共に積み重ねてきたかを思い出すこと、
今の私に何ができるか、本人にとってどんな働きかけが有効かを考えること
それぞれ深めていきたいことばかりです。
そして、他にも、思春期真っ盛りの子育てで、目の前の出来事をするすると紐解いてくれる名言がありました。
「何の役にも立たないとげを、どうしてバラがずっとつけてきたのか、その理由を知ろうとすることが、それほど大切じゃないっていうの!」
王子さまが、愛するバラの苦労を思い、ぼくに訴える場面です。
誰かにとってはどうでもいいように思えることでも、誰かにとっては切実な問題。
物事の価値は、それぞれ人によって異なります。
他者の価値観で、相手の優先順位まで、決めつけることはできない。
私たちはつい、自分の目で見て、考えたことを優先させてしまいますが、異なる目で見て、異なる人が考えたことも、尊重できるかどうか――それが多様性の理解です。
児相からの情報で、本人がなぜ「家より施設がいい!」となぜ思ったのか、腑に落ちました。
※詳しい経緯についてはこちら
・勉強は自習で、難易度を本人に合わせて選べるので、プレッシャーが少ない
・異年齢混合で過ごすので、年齢の低い子に合わせて、生活のリズムがきっちりしている
・アニメの話を友達とたくさんする余裕があった
中学校では、体育祭を終えて、ようやく本格的な勉強が始まる時期です。中学生に合わせた難易度の学習を集団授業で行います。
児相で学習したような、簡単な内容に個別で取り組むなら、あまり不安を持たずに、安心して取り組めることは確かです。
そして、毎日、この時間、次はこの予定――とスケジュール内容も児相では限定的です。
中学校では、決まった時間割があるとはいえ、この日は健康診断、この日は〇〇の行事の準備、この日は何曜日の時間割・・・と、もっともっと複雑で、場の転換が苦手な本人にとって、臨機応変に合わせるのは大変なんだろうなぁと実感します。
さらに、馬が合う子がたまたまいた影響もあるでしょう。もちろん、中学校のクラスにも話せる子は何人かいるようですが、学校の行事や勉強のことを気にせずに、趣味の話に没頭できるのは、心の余裕がだいぶ違うんだろうなと、容易に想像できます。
大人は、学校以外に世界が広いことを知っているけれど、子どもにとっては、学校と家庭が世界のすべてです。
あるいは、学校以外に世界が広いと知っていても、わが子がその外に一歩を踏み出すことを受け入れるのは、大人にとっても勇気が必要かもしれません。
他人には些細なことでも、当人とその家族には、まるで海ほどの広大なテーマがあります。
扉を閉じ、窓のカーテンを閉めていては、外の景色を目にすることはありません。
当事者にとって、その事柄がどんな意味を持つのか、実感はなくても、理解しようとドアをオープンにすることから、すべての道は始まるのだと気づきました。
「君がバラのために使った時間が長ければ長いほど、バラは君にとって大切な存在になるんだ」
キツネのことばです。
子育ては、時間の長さではなく、密度です。
慌ただしい毎日に十分な時間が取れなくても、ちょっと読み聞かせをしたり、短くても食卓を共にしたり――そんなひとときの濃い時間が、子育てを豊かな経験に変えてくれます。
一方で、どんなに大変だったり、つらかったりする時期にも、共にそこを過ごしてきた日々は必ずその後の人生の糧になります。
キツネはこうも言います。
「人間たちは、みんな、このことを忘れてしまっている。
だけど、君は忘れちゃあだめだよ。
君は、いったん誰かを飼いならしたら、いつまでもその人との関係を大切にしなくちゃ」
苦しい時も、悲しい時も、怒った時も、その感情を否定することはありません。
まずはじっとその感情に浸ってみることです。じっくりその気持ちを眺めてみることです。
そうして、しばらくして、少し落ち着いたら、背景や相手の心情に思いを馳せてみる。
他人だから、完全には状況を読めなくても、想像し、たとえ共感できなかったとしても「本人はそういう状況なんだ、心境なんだ」と、一線を引いて理解してみる。
その積み重ねが、関係性の重みにつながっていきます。
だから、そこは、血のつながり云々より、困難にくじけず、諦めず、共に過ごした時間です。
いのちをはぐくむのは、生きる絆を育てるのは、時間。
短くても太く濃い時間を。薄く細くても長い時間を。
あなたが一喜一憂してきた時間が、愛に変わっていくのだとしたら――
今、あなたができることは何でしょうか。
「家でも、星でも、砂漠でも、それを美しくしているのは、何か目に見えないものなんだね」
「いまぼくが見ているのは、単なる入れ物に過ぎない。
本当に大切なものは、このなかに入っている目に見えない何かなんだ。」
ぼくのことばからも、見えないものへ感覚を研ぎ澄ませることが、繰り返し強調されています。
思春期は、大人になるまで、もう半分を超える程度まで、成長してきたからこそ、もう一度、鋭敏な感覚で向き直す時期なのかもしれません。
目の前の事象にとらわれず、「ハートで見なくちゃ」と言った王子さまのように、本質をつかめるか、子どもたちが大人を試しているのでしょうか。
この世界は信頼に値するのか、目の前の大人が自分を無条件であいしてくれているのか――
空を見つめ続け、飛び続けながら、天空の魅力を知るからこそのサン・テグジュペリの珠玉のことばが響きます。
「星の王子さま」をもう一度、じっくり読み直してみると、自分だけの北極星のように、生きる指針になることばがたくさん隠れています。
みんなの笑顔がキラキラ輝く まん丸笑顔の あいのち
すべての人のいのちと性をサポートする誕生学アドバイザー。I(私)に愛を、大地・地球を癒す知が、自身の血肉となって駆け巡るように――自分自身を知り、自尊心を育み、自分も含めて、すべての人の意思が尊重され、自尊心を高めて輝ける社会環境になるよう、情報と機会(場づくり)を提供します。
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