なぜいのちと性の活動をしているのか   3.自分を映す鏡

あなたは何を頼りに、毎日をすごしていますか。

迷ったら、どうやって答えを探しますか。


誰かに聞くという人もいれば、本やネットで情報を探すという人もいるでしょう。

今日はそんなことにまつわる、私の過去を紹介します。



これまで2回にわたって、小学校時代までを振り返ってきました。

今日からは、中学校時代について、触れていきます。


皆さんはどんな中学生でしたか。

中学校時代って、本当に心と身体の成長が著しい時期ですよね。

男の子はいっきに身長が伸びる子がたくさんいます。二次性徴が始まる子もたくさんいます。

人間関係も子どもながらにとても複雑。

あっちとこっちがくっついたり、あっちがこっちに意地悪したり。

毎日のようにそんなことがありました。

女の子だったから、特に友達関係の悩みが尽きなかったのかもしれません。

殴り合いの喧嘩をして、5分後には肩を組んでいる、そんなさっぱりした男子の友人関係に憧れていました。



流されやすい私は、周囲にもまれ、多分に影響されながら、毎日、揺れまくっていました。

友達から無視されたこともあるし、友達を無視してしまったこともあります。

勉強も、放課後の課外活動も、自分なりに一生懸命にやっていたつもりだけれど、ときに誠意のない態度を取ってしまったことは、今でもとても反省しています。


生徒会に立候補するなど、他人から見れば「自分がやりたい」ことを謳歌していたようで、実際は、思い通りにならないことのオンパレードでした。

部活は「中学校でようやくテニスができるな! テニス部に入るんだろう?」と言うテニス好きの父のことばに「そうなのかな?」とよく考えず、反論することもなく、一方で心の片隅で釈然としない想いを抱えながら、軟式テニス部に入部しました。

「親に認められたい」「良い子でいたい」「期待に応えたい」と、今にして思えば、それは身の丈に合った判断だったか、本当にやりたいことだったか、疑問が残ります。

でも、結果的には私が選んだ道でした。



中学校の部活は、他のどの運動部も似たようなものだったと思いますが、テニス部も例にもれず、先輩後輩の上下関係と、友達同士の「あの子が気に入らないことをやった」「練習にこないからはぶろう」といった気分による人間関係がきつく、練習や身体を動かすことは楽しいような、でも何となく部活には行きたくないような、複雑な気持ちで、部活に足が向かないこともありました。

そんなとき、私はまだ、生徒会室という逃げ場があったからよかったのかもしれません。

でも部活の友人たちには、生徒会に逃げているのがバレバレだったはずです。

生徒会の仕事が忙しくなると、まったく練習できない日も続き、「ごめんなさい」と「助かった」という思いが、すっきりしないまま混在していました。



今にして思えば、友達の姿は「自身を移す鏡」でした。

どんな友達と付き合うかは自分次第です。優柔不断で、周囲に翻弄される自分が、曖昧な態度で周囲をかき回す友達を引き寄せていました。

嫌ならさっぱり付き合いをやめることもできたはずです。

でも学校という世界以外を知らない中学生の私にとって、狭いコミュニティで必死にしがみつくことが最善の選択でした。


友達が嫌なことをすれば、嫌な行為にばかり意識がいき、それは私自身の心の中に眠っている「嫌な自分」と、どう向き合うかを問われていたことに、まったく気がつけませんでした。

いつも目の間の環境や誰かのせいにして、「自分がどうするか」を考えられなかったあの頃。

楽しいこともたくさんあった中学時代でしたが、視野の狭さと、親や友達の顔色をうかがう毎日、気遣いの嵐と気を遣えない無神経さ、自分がやってきたその場限りの見通しのない無粋な行為に、今も胸がキューっと痛くなります。



「私は私でいい」と思えるようになったのは、大人になって、ずいぶん経ってからです。

私が見るべき鏡は「私自身」だったのに、友達のことばかり見て、気にしていました。


いのちと性の活動をする理由は、中学生の頃の経験も深く結びついています。

誰もが「自分らしく」生きるためには、自分自身の内面に問いかけ、他人のものさしではなく、自分のものさしで測る必要があります。

もちろん、他人の見方や考え方も、参考にはなりますが、最後にどんな道を選ぶか、決めるのは自分自身です。

自分で道を選ぶためには、まずその人らしさを受けとめてもらえる環境が必要です。


中学校生活で私が求められたのは、「その人らしさ」ではなく、「期待する人物像」でした。

そして、学校以外に居場所はないと思っていました。

実際にはそんなことはなかった。

でもその視野の広さを十代前半の子どもが得るのは難しいことです。


大人がまず、家庭で、あるいは学校で、子どもたちの「そのままの存在」をもっと受けとめられるように――

そのためには、大人自身が自分の「そのままの存在」を受けとめられるように――

自分自身が日ごろのぞいている鏡を少し見直してみませんか。

そこから広がる世界は、無限にも続いています。とっても安心できる世界です。

いのちを見つめ、性と向き合う。そこから、昨日まで知らなかった、新しい自分自身が見えてくることもあるはずです。


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みんなの笑顔がキラキラ輝く まん丸笑顔の あいのち

すべての人のいのちと性をサポートする誕生学アドバイザー。I(私)に愛を、大地・地球を癒す知が、自身の血肉となって駆け巡るように――自分自身を知り、自尊心を育み、自分も含めて、すべての人の意思が尊重され、自尊心を高めて輝ける社会環境になるよう、情報と機会(場づくり)を提供します。